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広島高等裁判所 昭和32年(ネ)62号 判決

控訴人 山口昌和自動車工業株式会社こと三上小一郎

被控訴人 株式会社広島相互銀行

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金二百万円及びこれに対する昭和三十年六月二十八日より完済に至るまで日歩六厘の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とし、補助参加により生じた費用は補助参加人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨(但し補助参加人の訴訟費用負担の点を除く)の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方及び補助参加人の事実上の陳述、証拠の関係は左記に附加する外はいづれも原判決事実摘示と同一なのでこゝにこれを引用する。

一、控訴代理人の主張

被控訴人主張の債権の準占有者に対する弁済の事実を否認する。税務署長が国税徴収法に基づき滞納者三上八十右衛門の預金債権として本件預金を差押え、同法第二三条の一第二項により右八十右衛門に代位して取立てたのであるから民法の準占有の規定に拠るものではない。しかも税務署長が一般第三者からみて本件預金の払戻請求権者の外観は何等備えていないから準占有者ではない。仮りに準占有者としても被控訴人の弁済は善意無過失ではない。即ち被控訴人は本件預金が八十右衛門のものでないこと従つて八十右衛門に対する滞納処分に応じて税務署に支払うべきものでないことを知悉の上税務署の権力に押されやむなく支払つたことが明らかであるから悪意の弁済である。仮りに善意としても被控訴人は預金名義人たる控訴人又は滞納者たる八十右衛門に対し電話問合わせの方法による一度の調査をもなすことなく(差押から取立まで二日間の余裕がある)唯々税務署長の強要に屈して支払つたのであるから明かに過失あるものと謂うべく債権の準占有者に対する弁済として保護に値しないものである。

二、被控訴代理人の主張

被控訴銀行としては岩国税務署長が国家機関として国税徴収法に基づき訴外三上八十右衛門の滞納税金の徴収として本件預金が控訴人名義のものであるに拘らず実質は八十右衛門の預金と認定して差押えた上払渡しを要求し、しかもその認定が誤つていたら責任を持つと言明したので債権の準占有者と認めて払渡したものである。

三、証拠関係

控訴代理人は当審証人麻野秀雄の証言、当審控訴本人尋問の結果を援用し、丙第十二号証の一、第十四号証の一、二の成立は認めるが丙第十二号証の二の作成日附の点は否認しその他の部分の成立は認める。爾余の丙号各証(当審新提出分)の成立は不知と述べ、補助参加代理人は丙第十二号証の一、二、第十三号証、第十四号証の一、二、第十五号証、第十六号証の一、二、三を提出し当審証人古志正男、田村孝雄の各証言を援用し、被控訴代理人は甲第五、七号証の成立は認めるが甲第六号証の成立は不知と述べた。

理由

被控訴銀行の岩国支店において昭和三十年六月二十七日預金者を控訴人とする金二百万円の普通預金を受入れていたことは控訴人被控訴人間に争なく、岩国税務署長枝川光蔵が同年七月五日右預金を滞納者訴外三上八十右衛門の預金と認定し国税滞納処分による債権差押をしたこと、被控訴銀行において岩国税務署長よりの右債権差押に基づく支払要求により任意これが支払を了したことは本件各当事者間に争がない。

そこで先づ岩国税務署長が差押えた本件預金債権が果して滞納者三上八十右衛門の預金であつたか否かの点について考えてみるに、本件預金が三上八十右衛門が滞納処分を免れる目的で控訴人名義で預金したものであると云う趣旨の原審並に当審証人古志正男、当審証人田村孝雄の各証言部分は後記証拠に照して容易に措信し難く他にこれを確認するに足る証拠なく、却て成立に争のない甲第一乃至第五号証、第七号証、当審証人麻野秀雄の証言により全部その成立の認められる甲第六号証に原審証人長合勇、岡部静美、中原信也、三上八十右衛門の各証言、原審並に当審控訴本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。控訴人は昭和二十九年十月頃から軽自動車の販売修理をする山本モータースを訴外山本巧と共同経営していたが、これを山口昌和自動車工業株式会社に組織替えすることにし、その設立準備に着手した。ところで右両名外五名を発起人とし資本金を金二百万円と定めたが設立を急ぐ関係上取敢えず右資本金二百万円は控訴人が立替えて昭和三十年六月二十七日被控訴銀行岩国支店に対し控訴人名義で普通預金としたが、右は普通預金扱として残高証明を貰つてこれを添付することにより会社の設立登記申請ができるということであつたからである。又右二百万円は控訴人がその父八十右衛門から同人の山口相互銀行岩国支店に対する平野誠一名義の普通預金昭和二十九年十月二十一日現在百十四万六百円のもの及び、昭和二十九年被控訴銀行岩国支店に対し同人名義で預金されている四、五十万円計百五、六十万円の預金債権を貰い受け、それに自己の所有する金員を合して計二百万円として右準備金に充てたものである。以上の事実が窺われるので本件預金を以て三上八十右衛門の預金と断定し得ないことは謂うまでもない。

然らば本件差押及び取立は滞納者でない第三者の預金債権に対してなされたもので無効であると謂わねばならない。

次に被控訴銀行岩国支店が岩国税務署長の右預金に対する差押及び取立に対し支払をなしたことが債権の準占有者に対する弁済としてその効力を有するか否かの点について考察するに、前示長合勇、岡野静美、中原信也の各証言を綜合すれば次の事実が認められる。昭和三十年七月五日岩国税務署の岡野、中原両事務官が被控訴銀行岩国支店に来り、三上八十右衛門宅に岩国支店に預入れられた和田八重子名義の預金通帳があつたと云つてその預金の差押をすると同時に本件預金も印鑑が三上小一郎名義であるからとして差押えこれが支払を求められたが、被控訴銀行としては預金名義が異るので一応拒否し、本店とも連絡した上本人の承諾書がなければ支払わない旨を伝えた。ところが五月七日又税務署の事務官二名が来て更に支払を要求したので同じく控訴人の委任状か印鑑を持つて来れば支払うと云つて三、四時間論争したが、税務署側の強要的言辞もあり岩国税務署次長からも電話で銀行に迷惑をかけないと云うので本店の指示を仰ぎ同日午後六時頃銀行小切手を以て支払を了した。その際岩国支店長としては控訴人から支払の請求を受ければ差押調書を見せて諒解を得ようと思つたが、事前に控訴人や八十右衛門等に連絡する等何等の調査をしないで半信半疑のうちにも結局税務署長の取立命令を信じて支払をするに至つた。以上の事実が認められる。

元来債権の準占有者に対する弁済が有効であるためには弁済受領者に権限ありと信ずると共にこれにつき過失なきを要するものと解するところ、本件の場合右認定のように無効の取立命令ではあつても第三債務者である銀行としては支払に際し善意であつたことが窺われるが、他面税務署長の取立に対し如何に国の機関の取立であるとは云つても預金名義人と異る債権者に代位する取立であるから、銀行業者としては預金名義人の承諾書、委任状、或は印鑑を徴するとか、税務署長が債権者であるとする三上八十右衛門に対し、或は預金名義人たる控訴人に対し問合わせて調査するとか一応その間の事情を確しかめた上支払をなすのが当然の措置であるのにこれをなさなかつたのは受寄者としての注意義務を欠くもので過失ありと認めるのが相当である。従つて右支払を以て債権の準占有者に対する弁済として保護するに値しないものと謂うべきである。

然らば被控訴銀行は控訴人に対し本件預金二百万円及びこれに対する預入れの日の翌日である昭和三十年六月二十八日より完済に至るまで日歩六厘の割合(普通預金の約定利率であること当裁判所に顕著)による利息及び遅延損害金の支払義務あるものと謂うべく、控訴人の本訴請求は全部認容すべきである。右と異る趣旨にでて控訴人の請求を棄却した原判決は取消を免れないので民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九四条、第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 岡田建治 佐伯欽治 松本冬樹)

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